閑話休題 魚の飼育考 2013.12.20 (No.45)
     
   

 水生生物の図鑑や飼育マニュアルが沢山出版されています。一昔前は金魚、錦鯉、また「熱帯魚」「海産魚」とひとくくりにした参考書程度しかなかったのが、最近は種類別の採集・飼育マニュアルがあり、マニアックな種についてもレベルの高いマニュアルができています。水族館建設ブームは一段落し、街の金魚屋や熱帯魚店は増えていませんが飼育の同好の士は健在です。珍しい種を飼うための採集競争が激化しているのは少々心配ですが、普段は見ることができない種について餌の食べ方とか縄張りや群れの作り方などの個性や魚同士のコミュニケーションを観察するのは面白いところです。
 採集した稚魚や成魚は飼えても、親→卵→親のサイクルが完成していない種は数多くあります。マグロが完全養殖できるようになって残された大物はウナギとイセエビ。その昔、学生時代に隣の研究室がウナギの催熟をテーマにしていて、仔魚が生まれたら私が飼うことになっていたのですが、在学中にはチャンスが得られず、その後、養殖研さんに先を越され非常に残念でした。沿岸性種の仔魚とは食性がだいぶ違うようで、難しいところが沢山ありそうですが機会があれば今でも挑戦する気です。
 採卵から親まで飼うには幅広い技術情報を集め、それらをアレンジし魚種に応じた手順を作る工夫が必要。初めて飼う種の場合はそれらに加え必ず飼うという強い意志が必要です。ウナギは別格ですが、難しい難しいと言われていた種でも何処かで誰かがいったん飼うと、不思議にその後はあちらこちらで飼えるようになるのは、飼えば飼えるのだという確信を持てることが効いているのは間違いないでしょう。
 さて、海産魚の種苗生産の事業化には、餌生物ワムシの利用技術と自然産卵型採卵を支える飼育技術の進歩が核になったと考えます。現在も多くの研究が進んでおり、エッポクメイキングな技術の開発が待たれますが、今後の技術開発にあたり「家魚」創りを目指すのか「自然魚」を育てるのかは、食糧生産や多様性保全にも関わる大きな課題です。業務執行理事清野通康




銭 湯 2013.11.20 (No.44)
     
     大きな風呂に入るのが好きである。小さい時から家に風呂があったので、めったに銭湯へ行くことはなかったけれども、歩いて行ける範囲には数件の銭湯があり、時々友人と遊びに行った記憶がある。その育った町を離れて、学生時代に登山の後に温泉で汗を流す爽快感を味わったことが、温泉、銭湯を問わず大きな風呂が好きになった遠因ではないかと思う。これまで2度単身赴任での地方勤務を経験したが、週末になるとそれぞれの町から車で日帰りできる範囲の温泉や銭湯に片っ端から出かけて行った。地方では、銭湯のような公衆浴場は殆ど残っていないが、町興しの温泉施設などが各所にあり、全国的にも有名な温泉もあるなど、様々な泉質での入浴を楽しんだものである。ところで、今の家の近くには、残念ながら歩いて行ける銭湯は全て廃業してしまったので、自転車で行く範囲のところにある数件の銭湯をよく利用している。番台がフロント様になったりサウナが付いたりと今様に改装されているのが多いのだが、そのうちの1件は、これぞ昭和30年代の銭湯だと思わせるもので懐かしくなる。下駄箱、番台、柱時計、体重計、そして何より藤で組んだ脱衣籠が備えられ、勿論、数年前に書き換えられた富士山の壁絵が堂々と架かっているのだ。多分、大きな地震が来たら持ち応えられないだろう木造の銭湯である。そこは何時行っても空いており、これで良くやっていけるものだと感心するのだが、一方、車で行ける範囲には、食事や休憩ができるスーパー銭湯があり、ここは何時行っても人がいっぱいである。どちらもそれぞれ楽しいのだが、町中の銭湯にもっと地元の人が行くようになれば良いのにと思うこの頃である。こうした銭湯は、東京都内で約750軒(東京都公衆浴場業生活衛生同業組合)あるようで、何時までも残っていて欲しいものである。業務執行理事石渡隆男



ローテク恐るべし 2013.10.21 (No.43)
     
     家にあるゲーム機が突然うんともすんとも言わなくなり、これで2度目だが、ネットで検索するとよくある故障。原因は、ハンダ付けの箇所の基盤とハンダが内部の高熱で膨張するが、膨張率が違うため、結局ハンダに亀裂が入り、接触不良を起こすのだそうだ。
 以前液晶テレビも突然映らなくなり、修理の人が来たので、どうやって電子部品を交換するのか期待して見ていたら、やおらランプに火をつけて、ハンダを暖めだした。EUの環境規制をクリアするためにハンダの鉛成分が除去され、経年劣化で接触不良を良く起こすのだという。ネットではゲーム機の家庭で出来る応急修理方法として、ドライヤーで外部からひたすら暖めるという手法が掲載されている。
 ゲーム機にしろ、液晶テレビにしろ最新のデジタル機器が、いまだにハンダ付けというローテクによって支えられ、製品寿命が制約されているのも高度科学技術社会の象徴のような気がする。原発の最近の事故でもネズミに配線をかじられた記事があったが、現代の快適な社会も案外基礎的技術部分で足下がすくわれる危なっかしい状況は、科学の端くれにいる者としても常に心しておかなくてはと、ゲームが出来ないため生じた時間に、「下手の考え休むに似たり」にならないよう考えた貴重な結論です。 理事長弓削志郎



2013.9.24 (No.42)
     
     デジカメで写真を撮る時にピントは自動的に人の顔に合うようになっていたり、連写した複数の写真から良い表情のベストショットを自動的に選び出してくれたりするのが当たり前だ。さらに笑顔になった瞬間に自動的にシャターを切ってくれる機能を持ったカメラもあり、そこにはさりげなく顔認識技術が使われている。
 Facebookではサイトに掲載された写真から個人を特定する機能がありその集合写真の中の人物が誰かを教えてくれたりする。(この機能はユーザーに不評で一時削除されていた)
 さて、かなり時間は遡るが人類が進化の過程で言語を獲得するかなり前に人類の祖先は色彩を認識する能力を獲得した。
 なぜ色彩を認識する能力を獲得したかという理由については諸説あったらしいが、
 1 木になっている果実の色を見分け成熟したものを選ぶことが生存に必要だった。
 2 相手の顔色を見る事が生存に必要だった。
という2つの説が主流だったなか、近年その論争に2番目が有力であるという形で一応の終止符が打たれたという話が非常に興味深かった。
 例えば、外敵に遭遇した時など先に歩いている相棒の顔色から危険を察知したりすることが必要だった、今からすれば想像を絶する厳しい環境の中で生存するために様々な場面で相手の顔色を伺い情報を得ることが必要だったということらしい。
 「目は口ほどに物を言い」という言葉もあるが顔の持つ情報量は膨大で、顔を見ればその人の調子もわかり、視線を一瞬交わすだけでコミュニケーションがとれる場合もある。
 インターネットは「匿顔」の社会であるとも言われ、面と向かって言いにくい事もメールなら伝えられたりする反面、顔をあわせてのコミュニケーションがやはり基本だと思う。フランク・シナトラのStrangers in the nightに歌われているようなやりとりは、顔認識の技術が進んでもコンピュータには出来ないだろうと。事務局局長代理山内達雄



越後三大花火 2013.8.21 (No.41)
     
     夏の風物詩の一つ、花火大会が今年も各地で開催されました。
 ここ新潟県には「越後三大花火」という県内は勿論、全国的にも有名な大会があります。三大とは柏崎市、長岡市、小千谷市片貝の3ヶ所で開催される大会で、打ち上げ場所の特徴からそれぞれ「海の柏崎」、「川の長岡」、「山の片貝」と呼ばれています。
 さて、それら花火大会はいつごろ、どのように始まったのでしょうか?花火大会というと、その迫力や美しさばかりにとらわれがちですが、それぞれの歴史や特色を知ることによって、これまでとは一味違う大会を楽しむことができるかもしれません。そこで、来夏に向け、それら三大花火について調べてみました。
 柏崎の花火大会は、7月24、25、26の3日間行われる「ぎおん柏崎まつり」の最終日に開催されます。1840年頃に八坂神社の祇園祭の祭礼として打ち上げられたのが始まりといいます。海を舞台として種々の華麗な花火が上がります。中でも海中空スターマインや1,500mの幅に尺玉100発が同時に打ち上げられる様は圧巻です。
 長岡では、1879年には既に八幡様の祭りに合わせ数百発の花火が打ち上げられたそうです。本格的な花火大会は終戦直後に開催され、1948年以降は8月2、3日に定期開催されています。2005年には前年に県下を襲った水害、震災、豪雪からの復興を願い、尺玉の中にフェニックス(不死鳥)の光跡が現れる復興祈願花火が登場し、現在も打ち上げられています。この「長岡まつり大花火大会」は日本三大花火の一つです。
 片貝まつりは浅原神社の秋の例大祭です。花火¬はこの浅原神社への奉納を意味し、始まりは400年ほど前と言われています。大会は毎年9月9日、10日の2日間行われ、目玉は正四尺玉花火です。この四尺玉は1985年に打ち上げが成功し、ギネスブックにも掲載されました。直径1.2m、重さ420kg、地上800メートルの空中で直径800mの大輪の花を咲かせます。
 このように、いずれもその発祥は神社にゆかりがあり、まつりの一環として行われています。打ち上げには祈る、願う、感謝する、祝うなどの意が込められているのでしょう。一方、三つの大会の開催月は7、8、9月です。ということは、来夏、それら「越後三大花火」を梯子して見物するのもいいかも知れません。実験試験場長中村幸雄



夏のご馳走 2013.7.19 (No.40)
     
     夏に旬を迎える魚介類はたくさんある。中でもウナギ、マアジ、イサキ、ヤマトシジミなどは、この時期に是非食してみたい。ふっくらと脂がのったウナギは最高に美味しいが、乱獲などによる資源量の激減とお財布事情を考えると少々躊躇してしまう。一方、マアジは一皿300円程度で十分な量を頂けて何とも嬉しい。新鮮であれば生で食べるのが一番である。「刺身」、「たたき」、「なめろう」どれもが美味しい。夏になると我が家では、アジ寿司が何度も食卓にあがる。握った酢飯の上に大葉と酢〆にしたマアジをのせて形を整え、おろし生姜と刻んだ青ネギをのせる。さっぱりとした味で、いくつでも食べられる。また、多めに買い求め、塩焼きやフライ、煮付け、南蛮漬けなど異なる調理法によっていろいろな味を楽しめる。お日様の光をたっぷりと浴びた自家製の干物などは格別の味わいである。イサキは塩焼き。特に夏の暑い日に、野外で脂ののった大きめのイサキを塩釜焼きにし、ビール片手にほおばる。贅沢の極みである。6月から8月が産卵期のヤマトシジミは大きな身がふっくらとしていてとても美味しい。さらにシジミに含まれるオルニチンは肝機能を高め、疲労回復・二日酔い予防に効果があると言うからなお嬉しい。夏季が旬のヒラマサはブリの仲間で、素人目にヒラマサとブリを区別することはできないほどよく似ている。ヒラマサのプリプリとした歯ごたえとさっぱりとした品のある美味しさは、ブリとはまた違う美味しさである。
 日本近海は世界でも有数の魚類の種類が豊かなところでもあり、その数はおよそ4,200種に及ぶという。そのうち市場や店舗あるいは加工品としてよく知られ食用としている魚は250種以上と言われている。魚の魅力は、種類はもちろんのこと、季節によって、地域によって、調理法によって味覚だけでなく五感で楽しめることである。改めて豊かな魚食文化の日本に生まれて良かったと思うと同時に、大切な資源と文化を守っていかなければとつくづく思う。中央研究所所長土田修二



ルート66 2013.6.20 (No.39)
     
     ♪ If you ever plan to motor west Travel my way, take that highway that's the best  Get your kicks on Route 66 ♪ これはジャズのスタンダード、ルート66の歌い出し部分です。この歌やTV、小説などの影響か北米のルート66を車を駆って端から端まで踏破したいと考えています。西域シルクロードや南西シルクロードなどの踏破にも関心がありますが、こちらは色々準備が必要。その点、ルート66の踏破は、昔、ロサンジェルスからニューメキシコのギャロップまでルートの一部を車で走ったことがあり、続きはその内にと思っていましたが、まだ実現していません。近い内に何とかと考えています。前回はDatsunB210(日本車)で走りましたが、次はTVドラマのようにコルベットがいいですね。
 ルート66はシカゴとロスアンジェルスを結ぶ元産業道路で、現在は観光資源として維持されている道路です。途中何回か経路変更があったため一部のルートで本家争いがあると聞いています。沿線は中南部のどちらかと言うと地味な地域ですが、スタインベックの怒りの葡萄の舞台になった道であり、また、崖に掘られたネイティブアメリカンの集合住宅や化石化した森林など見ごたえある西部劇以前の遺跡類が沢山あります。こういった遺跡にも興味がありますが、今、特に関心があるのがムーンシャインと呼ばれるバーボンの密造酒。月光の下で密造するからムーンシャインと呼ぶ、濁酒で白いのでムーンシャインと言う、古いラジエターで蒸留するのでガソリンスタンドで売っていたなど伝説がいろいろあります。一方、合法的に製造したムーンシャインの偽物があるとも聞きます。ムーンシャインを店名にしたバーが日本にも沢山ありますが、味のうわさは聞いたことがなく、現在本物を飲むのは簡単ではないようですが、北部より南部、人が少ないところにチャンスが多いとの伝説なので、ルート66沿いの街は他の地域よりは味わえる可能性が高いのではと皮算用しています。業務執行理事清野通康



三春滝桜 2013.5.20 (No.38)
     
     以前から行きたいと思っていた福島・三春にある天然記念物「滝桜」であるが、この春、仲間と一緒に見に行くことになった。有名どころなので相当な混雑が予想されることから、夜明け前に現地に到着しようということになり、開花情報を元に4月中旬の金曜日、24時に東京を出発することにした。流石に夜中の高速道は順調に流れており、午前3時半頃には現地に到着したのだが、既に駐車場にはかなりの車が停車していた。とりあえず様子を見に行くこととし、そのあと車中で仮眠をとることにした。その日は良く晴れて風もなく、気温は0度と真冬の寒さであった。新月で真っ暗な道を、懐中電灯を頼りに歩いていくと、想像していたよりも大きなどっしりとした「滝桜」がその淡い光に浮かび上がってきた。満天の星空の下ひっそりと佇む「滝桜」に、暫くは寒さも忘れて見入ってしまったのである。こうした「一本桜」は全国にあるようで、江戸時代までは桜の一般的な愛で方であったとのことである。その年の気候や自身の生命力などにより開花の有無遅速が左右される「一本桜」に、当時の人々は神秘的なものを感じていたことであろう。明治以降は、桜の管理技術の発達やソメイヨシノの普及、そして人々の経済的なゆとりもあって、多数植栽された桜を楽しむ現在の花見へと続いている。どちらであっても、美しく咲いた桜が見られることは素晴らしいことであり、西行の歌「願わくは・・」もなるほどと思えてくる。今回の旅は「滝桜」の圧倒的な存在感を十分に感じて、幸せな思いを胸に帰宅することができた。ちなみに今年の「滝桜」の満開は、我々が訪れた数日後のことであった。業務執行理事石渡隆男



科学的根拠とは 2013.4.19 (No.37)
     
     よく論争や問題が出たとき、科学的根拠に基づき判断しましょうと言う話がでるが、科学的根拠が、白黒をはっきりさせられるかと言うと,なかなかそうは考えられない。
 水産の関係では、長く鯨を巡る論議があるが、科学的な根拠に基づきと、よく言うのだが、同じデータを使っても科学者の合意は、なかなか得られない。温暖化の話でも、温暖化しているかどうか、二酸化炭素が犯人かどうかについて、完全に科学的に決着はしていないとする学者もいる。
 しかしながら、これは当たり前の話で、科学的な結論には、その過程で、必ず前提条件や仮定を含んでいる。その置き方により、結果が違うことは、大いにあり得る話である。数学の世界の1+1=2は、絶対的な物に見えるが、これは、究極の単純化された世界であり、現実は、そんな単純な物では無い。リンゴ1個とみかん1個と足し合わせた物は、2個なのだろうか。リンゴの価値に対し、ある人は、みかんは、0.5と、ある人は、1.5として考え、その結果、合計は、2個より少ないとする科学者もいれば、2個より多いとする科学者もいる。結論が科学的に考えても正反対になっている訳である。
 問題が起き決着がつけずらい時、科学的に結論をと言うのは、一種の丸投げの責任放棄のようなもので、科学は、一定の条件の下での結論しか出せず、最終的に決着を付けるのは、社会的、経済的、あるいは政治的な判断ということになろう。
 科学が、世の中のことを公平に決められると言うのは、結局のところ難しい思っていた方が安全である。理事長弓削志郎



アマとプロと山と谷 2013.3.21 (No.36)
     
     楽器演奏を楽しみとしており、演奏家を志していた時期もあった私はその昔師匠からこんな教えを受けた。「365日どんなコンディションの時も聴衆の前で良い演奏をすることはなかなか難しい。アマチュアもすごく調子の良い時に、たまたま良い演奏をすることもあるが、プロはどんなに調子の悪い時でも人前で良い演奏が出来るように、日頃の鍛錬を重ねる事が肝要だ」楽器練習にまつわる言葉としては「練習を一日休むと自分で判る、二日休むと批評家に判る、三日休むと聴衆に判る」「一日休むと取り戻すのに二日かかる」などありますが、師匠の教えの鍛錬は健康管理とメンタルも含んでのことでした。最低線の谷のレベルを上げる事は山を上げる事につながるが、山を上げるよりも、谷を上げて行くことは難しい。「音楽の神が降りた名演」などと言われる事もあるが、谷を上げ得た人にのみ音楽の神は降りて来るのかもしれない。
 2009年自民党が大敗した時、自民党大会で講演した野村楽天イーグルス前監督が「勝ちに不思議の勝ちあれど、負けに不思議の負けはなし※」と話し、「勝ちの状態にある時も、常に負ける要素について考える事が重要で、自民党は長期政権に胡座をかいてそれを怠っていたのでないか」と敗因分析したことは新聞でも取り上げられ有名ですが、プロなら常に谷を意識しろという意味とも言える。往年の名監督三原監督がアマとプロの違いを「アマは和して勝ち、プロは勝って和す」と表したのも別の意味で心に残る。
※江戸時代の松浦静山の剣術書『剣談』が出典事務局局長代理山内達雄



嫌われ者のカラスだけれど・・・ 2013.2.25 (No.35)
     
     天気の良い日にアパートのベランダで洗濯物や布団を干しますが、時折、それらに大小の黒、茶、灰色?の染みがついていることがあります。近所の人の話では、私が住むこのアパートの裏山には大きなカラスの巣窟があるらしく、原因はそれではないかと思い始めました。
 私は釣り場でカラスによる餌の略奪を2度ほど経験しており、またJR某駅構内での、優に100匹は超える数え切れないほどの漆黒色したカラスが電線に隙間なく大挙してとまっているヒッチコックのサスペンス映画「鳥」ばりの夜の暗闇の中の不気味な光景を思い出し、我がベランダの手摺の上でくつろぐカラスを想像すると、居ても立ってもいられず、早速、カラス除け対策を調べ始めました。
 ところが、ネットや雑誌を調べていくうちに対策を検討するどころか、カラスの生態に魅了され、感動さえ覚えることになってしまったのです。つまり、そこにはカラスがとても賢い動物であることがいろいろ紹介されているのです。たとえば、硬い木の実(クルミ)などを、車に轢かせて、あるいは空中から落として割る、という行動生態は有名です。さらに、木の幹の穴にいる幼虫を、細い棒を使って取り出す、ヒトの言葉を真似る、ヒトの顔を見分けて記憶する、究極は瓶の中で水に浮く餌を取り出すために石を沈めて水位を上げる、のだそうです。
 優秀な知能と体力を持っているにもかかわらずカラスによる農作物への食害、ごみ収集場所でのゴミあさり、車や洗濯物への糞落とし、空中からの頭上威嚇などの度重なるヒトへの悪行の故、嫌われ者であることも事実です。
 そんなカラスたちも生態系の中の立派な構成員です。しかし、それが異常に増え過ぎてしまうことには、やはり問題があります。なんとかうまく共存できればなとベランダの事はさておき思い巡らすようになりました。実証試験場中村幸雄



神宮の杜 2013.1.21 (No.34)
     
     お正月の初詣、例年参拝者数全国1位を記録しているのが明治神宮である。三が日で300万人以上が訪れる。ご存知のように、明治神宮は明治天皇昭憲皇太后をお祀りする神社で、境内の森は、100年以上先の杜を目指した壮大な計画とともに作られた人工の杜である。そんな明治神宮の近くで私は生まれ育った。
 神宮の杜では、(1)生物を取ってはいけない、(2)森に入ってはいけない、(3)落ち葉も持ち出してもいけない、と決められている。しかし、木登りや昆虫採集などしてはいけない事と分かっていても止められない。昼間でも薄暗い神秘的な森に、好奇心と冒険心が掻き立てられる。森のどこにクヌギやマテバシイの木があり、大きなドングリを拾えるか知っている。守衛さんの目を盗んで森の奥へと行くと、金網のフェンスがある。その向こうは別世界のワシントンハイツ (アメリカン軍の住宅地、その後オリンピック選手村そして現在の代々木公園)である。誰が開けたのか、一箇所だけ子供が通れるスペースがあった。
 明治神宮には3つの池がある。入苑料が必要な御苑内にある南池と東池は柵で覆われて入れなかった。一方、北池は広場と面していて誰もが水辺に近づくことができる。人目につかない茂みの中からザリガニ釣りなどに夢中になった。採ったザリガニを空き缶に入れ手提げ袋で隠して持ち帰った。時には、参門前の詰め所で守衛さんにこっぴどく叱られた。
 東京の真ん中にあり、人が手を入れ管理し育ててきた神宮の杜は、幼少期の私を育ててくれた遊び場であり、生物や自然への興味を高めてくれた原点である。今も、タヌキや野鳥そして多くの樹木が私を迎えてくれる。中央研究所所長土田修二