環境影響アセスメントの対象種 2012.12.20 (No.33)
     
     前に書いたようにハードロックも好きですが、魚獲りと魚の飼育がもっと好きで水産に進みました。水産に進むことを後押ししたのは岩波新書「稚魚を求めて」です。自分も、日本中、世界中、あちこちの水辺で焚き火して、魚を捕まえて---などと楽しい甘いことを考えていました。
 この気持ちは今も変わらず、四つ手網、筌、落とし網、釣り道具と色々道具を揃えて、どこにどんな魚がいるか(いそうか)、いわゆる怪魚とかUMA(Unidentified Moving (Mysterious) Animal)も含めて情報収集を続けています。どこに何がいるかはもちろん厳秘です。
 海産の小さな無脊椎動物にはまだ名前が付いていない種が沢山あり、貝類では「新種」を見つけることに情熱を燃やす人が特に多いようですが、魚の場合、メバルのように従来一種と思われていたものが実は複数種であったというようなケースはあっても、新種はもう中々見つからないと思っていたら、先日、NHKで、芸術的なミステリーサークル状の産卵床を作るフグがいる、しかも新種らしいことが放映され話題になりました。クニマスの再発見もあり、また、最近はカエルの新種も見つかり、まだまだ未知の魚がいそうで、もし新種を発見し飼うことができれば望外の喜びです。
 一方、昔たくさんいて捕まえて遊んだ魚がいなくなっています。メジャーな種は案外残っているものの、どこにでも普通にいて雑魚と呼ばれていた種、自分にとって大事な種が希少種化していく環境変化には焦燥感を感じています。
 希少種化の歯止めのひとつが環境影響アセスメントですが、アセスの評価対象種の選定基準には課題もあります。その一つが、わが国の今のシステムでは評価対象は自然の生物・生態系であるため、希少種は評価対象となるが生産対象種は評価対象となりにくいことがあります。農作物や家畜など生産対象が人間の管理下におかれる陸上では、この考えでも概ね対応できますが、自然の生物を漁獲対象とする海や河川湖沼ではどうもしっくりきません。ただ、最近、風向きが変わりつつあるようにも見え、評価対象種の範囲を見直すチャンス到来か と期待しています。行執行理事石渡隆男



ゴールドベルグ変奏曲 2012.11.20 (No.32)
     
     音楽好きであれば、誰でも同じ曲について演奏者や指揮者などの異なる複数のCDやLPを持っているもので、そしてその枚数の多い曲ほど好きな曲ということになるのだろう。私の場合はJ.S.バッハの曲が多く、中でもゴールドベルグ変奏曲は5人の演奏者のものを持っているが、本当の音楽マニアならこんな数ではないだろう。クラシックを聴くようになったのはアンプを自作するようになってからである。若いころは随分ジャンルを広げ、ジャズでも何でも聴き、現代曲、電子音楽や邦楽など、果ては風や水の音を入れたLPを買うなど、何とも滅茶苦茶なマニアになったものだと呆れるばかりである。音楽というより音そのものが好きで面白かったのだと思う。そんな音マニアであることが高校の同窓であったN君の耳に入ったようで、あるとき彼から自作の「詩」の朗読会をやるのだが、詩の内容に合う音楽を選んで欲しいと頼まれた。今から40年近く前のことである。彼は、外見はやんちゃな感じであったが、既に中学時代から詩や評論を書くなど文学を志していた。彼の詩は、前衛的な内容の奇想天外な物語であったり、幻想的な情景を表現したりしたものが多く、やはり現代曲、嵐や雷雨、読経や梵鐘といった音が、その詩と彼独特の語りに合っていたが、音を必要としない激しい語りの詩もあった。その中で、比較的優しく美しい言葉で綴られた幻想絵画のような詩があり、私は直感的に「ゴールドベルグ変奏曲第25変奏」を選んだ。彼も一番合う選曲だと気に入ってくれたようで、銀座の某画廊で開かれたその朗読会は盛況であった。その後も私が音楽を担当して年1~2回の朗読会が都内の画廊などで開かれたが、彼は毎回その詩をプログラムに入れていた。この「第25変奏」を聴くと彼が朗読するあの幻想絵画のような詩が思い出されるのである。N君は、その後は歌舞伎など近世文学の研究者となり、特に「鶴屋南北」の研究では知られるところとなった。そのN君の逝去を新聞の訃報欄で知ったのは10年ほど前のことである。行執行理事石渡隆男



数学が得意という訳ではないのだが 2012.10.20 (No.31)
     
     昔から、数学の話は好きで、その手の本は、よく読むのですが、数学が得意という訳ではない。というか、学生時代は、英語とともに苦手な分野の一つで、今でもテストの悪夢を見たりする。それにも関わらず、数学というのは、興味深い話が多く、人類の歴史は、数学の歴史でもあるというのもわかる気がする。特に整数とか、素数とか、無理数の世界は、何となく分かったような気がするからタチが悪い。素数の分布に関するゼータ関数上の零点の分布の数式が、原子核のエネルギーの間隔を表す数式と一致するとの話は理解不能ですが、この宇宙の森羅万象が、数学的に説明できるということを表しているのかもしれません。素数という1と自分自身以外に約数を持たない数は、まさしく分けられない数であり、それが原子という宇宙の根本構成要素と関連しているというのは、あながち突拍子もない話ではないだろう。しかし、原子は、有限だが、素数は、無限という大きな違いがありますが。
 そんな数学の話に興味を持つと最近気になることがある、漁業の6次産業化であるが、1次、2次、3次産業を足し合わせた産業、いや1次、2次、3次産業を掛け合わせた産業として、6次産業ということらしいが、そもそも1次や2次は序数であり区別をするためにそう言ってるに過ぎないで、A次,B次産業でもいい訳です。3次産業が、1次産業の3倍あるとか、(1+2)次産業という意味ではないのから、6次産業として、足したりかけたりして呼ぶことが数学的に適切とは思われないのだが、如何なものでしょうか。これが定着したら学校教育では、どう教えるのでしょうか。と、数学の本を読みながら、少々くだらない心配をしている昨今です。理事長弓削志郎



正しく解りやすく 2012.09.20 (No.30)
     
     その道の専門家が何十年もかかって得たものを短時間で説明するのはそもそも無理だが、一般の人の関心が高く、また目に見えない放射能について説明し、正しく解ってもらう事はなかなか難しい。そんなことを考えるたびにいつも思い出す中学校の国語の教科書に載っていた話があります。だいたいこんな話でした。
 「地球はどんな形か?という問いに、中学生は『丸い』と答え、高校生は『地球は自転しているので遠心力で膨らんでいるので横から見ると楕円です』と答え、大学生は『楕円は楕円だが、ヒマラヤ山脈やマリアナ海溝とかがあり単純な楕円ではなく、地球形というのが正しい』と答える。3人の答えを前に、高校生の言う事も、大学生の言う事も事実であり、大学生の答えが正しいと考える人も多いだろう。
だが、ここでコンパスで直径10cmの円を描いてみると、描かれた1mmの線幅に楕円であることも、ヒマラヤ山脈もマリアナ海溝もすべて収まってしまうことから、『丸い』というのが地球の形状を正しく把握している答えであろう」
 専門家が一般の人に説明するときには、「その道の専門家」を捨てて解りやすい内容を考え伝わるようにする事が必要ですが、専門家故に厳密さや、自らが費用を費やした事にとらわれがちなので、専門家と説明の達人の両立はなかなか難しい事かも知れません。幸い海生研にはそれらを両立している研究者がおり、放射能について様々な機会を通じて説明をしていることが、風評被害の防止の一助となっていると自負しております。事務局局長代理山内達雄



一人じゃダメなタイプ 2012.08.20 (No.29)
     
     海生研ではこれまでにニシン、サケ、マダイ、ブリ、マアジ、イワシ類など、食卓にもしばしば登場する20種類以上の稚魚の遊泳能力を調べました。実験には水流の大きさを自由に変えることができる水流発生器を備えた回流水槽を用いました。回流水槽の一区画を網で囲い、その中に魚を収容して徐々に水流を増していき、どの位の流速にどの位の時間耐えられるかを測定したのです。
 1回の実験で1尾を水槽に収容し、個体ごとに遊泳能力を調べた結果、魚の種類によって泳ぎが下手な種、長時間にわたる持続的な遊泳が得意である種、水中を突進する瞬発力に優れている種などに分けることができました。実験は順調に進みましたが、1種類だけ測定に大変苦労した魚種がいました。それはカタクチイワシです。あらかじめ緩い流れのある水槽の中に1尾の魚を収容したのですが、魚は直ちに水槽の後方にある網に張り付いて泳がないのです。大きくて、見るからに元気そうな魚を選び、できるだけストレスを与えないように何度も実験を行いましたが、うまくいきませんでした。
 このままでは「データなし」という結果になってしまいます。時間や費用も無駄にはできません。そこで、従来の1回1尾の方法をやめ、1回に複数尾を収容して、運良く泳ぎ出す魚に期待したのです。緩い流れのある水槽に3~5尾のカタクチイワシを収容しました。収容直後はバラバラの泳ぎをしていましたが、水の流れに少しずつ慣れ、最終的にはすべての魚がお互いに刺激し合うかのように流れに向かって泳ぎ出しました。徐々に流速を増しても1尾の時では想像できない程の力強さで泳ぐのです。こうして1回に複数尾を収容して実験することで無事、泳ぐ力を測定することができました。ご存知のように、カタクチイワシは平常時、「群れ」を作って遊泳する魚種です。他魚種の測定で問題がなかった1回1尾という実験方法がカタクチイワシの実験には通用しなかったと考えられます。さて、時間等の制約もあり当時の実験では確認できませんでしたが、カタクチイワシの泳ぐ力は、3~5尾の時と100尾、1,000尾といったより大きな群れの時とでどのくらいの違いがあるのでしょうか?興味が募ります。 実証試験場長中村幸雄



鯊釣りの理論 2012.07.20 (No.28)
     
     「趣味は?」と聞かれると、「お花に昼寝にパソコン」と答えていました。パソコンはプログラムを自分で書くなんてことはできなくなり、仕事で当たり前に使わなければならず趣味ではなくなりました。還暦という歳になったので、これからは「無趣味、無芸ですが池坊の生花を少々と夏から秋に鯊釣りを少々、お酒は二升」などと言おうかと・・・。
 私の鯊釣りのホームグラウンドは白子の南白亀(なばき)川です。餌はゴカイまたはジャリメ、頭を取って真っ直ぐ付けます。未だ暑い盛りにデキ鯊を釣る場合は、辺(ヘチ)を浮き釣りです。針は袖バリ4号か5号、錘はガン玉1個。浮子(ウキ)が沈んだら合わせてはいけません。そおっと効き竿をすると掛かってくれます。少し涼しくなると下げ潮時は川の真ん中、下げは辺を脈釣りで。針は袖バリ6号、鯊が小さくて逃げられるようなら、逆に1号大きくします。鯊天秤に錘は6号から8号、置き竿にするときは10号。ハリスは1号。30cmのハリスの15cmを両手でもってひねり、砂ズリを作ったら3cm下に上向きに枝針を八の字結で5cm出す。手返しが悪いので3本針にはしません。潮を見て11時頃か2時頃かに出かけ、いくつかポイントを回り1尾釣ったら、後は釣れなくなるまでそこで釣ります。以上が極意です。
 さて、水産資源学にMSY(最大持続漁獲量)理論があります。魚はロジスティック曲線という増殖曲線に従って個体数を増やします。が、ある程度増えると餌が少なくなったり棲み場が狭くなったりして(環境容量)個体数が頭打ちになります。最も効率の良いところで間引く(漁獲する)と資源も維持できて良いこと尽くめという理論です。
 私の学生時代に全盛だった理論ですが、最近ではこれが乱獲の原因になったとの批判がある事を知りました。学説の変遷はともかく私の釣果が下がってきたのは、この旧き良きMSY理論に従ってきた結果の乱獲だと、納得した次第です。中央研究所所長原猛也



ハードロック 2012.06.20 (No.27)
     
     受験勉強のかたわらオールナイト日本などの深夜放送を聞いていた頃の習性がまだ抜けずに、FM各局のトップ100などの音楽番組を愛聴しています。酒と同じであれば何でもOKですが、選ぶならロック、特に1980年代のハードロックとかメタルと呼ばれる分野が好きで、このことを言うとたいてい「えー(濁点付き)」とか「昔好きだったのか?」などの反応が返ってきます。
 ジャズだと大人っぽいし、ブルースとかレゲエも哀愁もあっていいのですが、ロックです! それでも、まだOO、ST、TIなど往年のロッカーが第一線で活躍し、ラップ、ヒップホップ隆盛の中にCD、DCなどロックの新人もたくさん出てきて、また、ライブハウスに行くと同世代の同好の士が結構いるので心強く安心します。
 ロックは1950年代にカントリーとリズムアンドブルースが影響し合い生まれたもので、シンガーはみんな自己主張が強い(営業政策もあり)ので、そのジャンルは、例えば、サザン、フォーク、サイケデリック、ハード、プログレッシ、グラム、パンク、オルタナティブ等々数たくさんあって、聞いても分野の違いが分からないものもありますが、私が好きなメタルは、こんなことを知っていても何の役にも立ちませんが、1970年代に生まれたパンクとハードロックが1980年代に入って融合し発展したものです。
 1980年代ロックの真髄は、1990年代以降のロック、また1970年代のロックに比べても、気取ったところがない素朴な攻撃性がある人間くさいテクノっぽくないわかりやすいサウンドにあると感じています。神保町にはロックCD専門のショップがあり、以前は昼休みなどにもちょくちょく寄ることができましたが、今の事務局からは少し遠くなったため訪問回数が減りがちで残念に思っています。
 さて、この6月にハードロックカフェTKY店がリニューアルオープンしました。また、80年代を代表するロックナンバーで構成された、ミュージカル「ロック・オブ・エイジズ」の映画版がこの秋日本公開になります。楽しみですね。業務執行理事清野通康



鉄道マニア考 2012.05.20 (No.26)
     
     近頃では大分「鉄道マニア」も世間に認められてきたようで、その端くれとしては喜ばしいことではある。しかし、そもそも本来の「鉄道マニア」とは、19世紀から20世紀にかけての全世界的な鉄道敷設ブームの最中、投機により莫大な利益を貪っていた「鉄道投機家」を指す言葉であり、単なる「鉄道ファン」のことではない。産業革命が遍く世界に浸透する過程において、鉄道の存在が不可欠であったことは論を待たない。その鉄道創世記においては、鉄道の持つ公益性についての意識が薄く、私企業が勝手気ままに路線を伸ばして運行するという事態が起こり、軌間(レール幅)の不統一、重複敷設、また法外な運賃設定などなど、利用者の便益を無視した鉄道経営が行われることとなった。米国においては「鉄道マニア」が議員を動かし、新たな敷設線路周辺の土地を鉄道企業に譲渡する法律まで作らせた結果、我が国明治維新の頃には大陸横断鉄道が完成している。当然ながら数々の疑獄事件も起こっており、このとき米国本土の約1割の土地がこうしたマニアの手に渡ったとも云われている。鉄道発祥の地、英国においても状況は似たようなものであり、軌間が2130ミリ(新幹線など1435ミリがいわゆる標準軌)もあるとんでもない路線が存在した。そうした創世記の動きに対して、後発となった欧州大陸各国や我が国などは、当初からその公益性や軍事面に着目した規制や計画の下で鉄道敷設が行われるようになった。そして世界的には20世紀半ば、第二次大戦前後に鉄道の黄金時代を迎え、その後、自動車や航空機の発達を経て現在の鉄道の姿となったのである。ところで、我が国の「鉄道マニア」は近頃では「鉄ちゃん」、「鉄子」などと呼ばれ、趣味の一分野として認知されつつあるが、対象となる鉄道システムが巨大なことから、「撮り鉄」、「乗り鉄」、「廃線マニア」などなど、その嗜好の態様は千差万別である。お前は「何鉄」であるのかと問われれば、差し詰め「雑鉄」ということになるのだろう。要するに「鉄道マニア」のやりそうなことは何でも中途半端に嗜む、ということなのだ。しかし目下の関心事は、前述した鉄道を巡る歴史や関係する人物等について知ることであり、最近は図書館から本を借りることも多くなってきた。しかし所詮「雑鉄」であり、嗜む程度のものではある。業務執行理事石渡隆男



「初音ミク」に見るこれからの技術革新のスタイル 2012.04.20 (No.25)
     
     日本経済新聞やNHKの特集番組に取り上げられたので、そろそろオタクの枠を超えて市民権を得たのではないかと思い、「初音ミク」を話題にします。これは、人工合成音により歌を歌うパソコンソフトですが、今や全世界にファンが広がっています。
 この「初音ミク」が世界的に広がったのには、二つの大きなポイントがあると思います。一つは、ある有名な動画サイトにこのソフトを使った作品が多数投稿されたこと。このサイトの特徴は、その動画にリアルタイムでコメントが書き込まれることで、投稿された作品に対する視聴者の反応がリアルタイムでわかり、改良、改善、新しい作品が滞ることなく作られたことです。
 今ひとつは、パッケージに描かれたイラストをもとにして個人が3D動画作成ソフト(通称MMD)を作り上げ、それが無償で公開されたことです。これにより音にイメージがつけやすくなり、しかもはやりの萌えキャラということで、一気に音楽ファン以外の層にも広がりました。しかも無償ソフトですので、機能がどんどん追加され、日々使用者が増え、今や毎日のようにこの動画サイトに商業作品も顔負けの新しい動画が投稿されています。
 この進化の過程をみていると、日本型技術革新の一つの形として、我が国では、アップルのジョブスのような天才は、なかなか現れませんが、大勢の無名の人が、関わることで、しかもオープンの形で、改良、改善を積み重ねることにより、信じられないスピードで、革新がなされてきたということです。著作権や特許権ももちろん重要ですが、無償の形で公開し、誰でも参加できることによる進化が、世界で受け入れられる技術革新の一つの方向ではないかと思います。
 公益法人もそうした役割の一部を担っていると「初音ミク」の一ファンとして考えるところです。理事長弓削志郎



陰影と技術 2012.03.20 (No.24)
     
     震災から1年が過ぎた。当時節電で街は暗かったが、私は今まで明るすぎて感じられなかった陰影が美しくむしろ自然だと思っていた。日本の映画やドラマの照明もただただ明るく外国のそれと比べると、陰影やニュアンスが感じられず、そんなに一生懸命照らさなくても良いのになと不満でもあった。
 その昔、日本のある電子楽器のお披露目の席に同席させていただいたた事がある。世界で初めて音声を16ビットで処理する画期的な楽器であり、スタジオには十数名が大きな期待を持って集まっていた。そこでは当時広く使われていた外国製の8ビットの電子楽器が並べられ聴き比べられた。音質のスペック的には16ビットはCD並み、8ビットは運動会の拡声器並みと言って良く天と地ほど違い、16ビットの楽器から出てくる弦楽器の音はどこまでも美しく澄み渡っていた。美しく澄み渡っていたが、弦楽器の音の存在感とそのニュアンスは8ビットの楽器には及ばず、十数名全員は外国製に軍配を上げた。その時私はドラマの照明と同じだなと思った。昨年亡くなったスティーブ・ジョブスがiPadの発表の時に「ずっとテクノロジーとリベラルアート(人間性)の接点にこだわってきた。テクノロジーとして最高のものを目指すが、同時に直感的でなくてはいけない。」と言っていた。
 つい2ヶ月程前に日本の大手家電メーカー3社計で1兆円を超える赤字を出した。その中の一社の製品には学生時代わくわくさせられたものだが、ふたたび日本の家電メーカーの技術による製品でわくわくさせられる日が来る事を願う。事務局局長代理山内達雄



東京タワーと東京スカイツリー、そして三丁目の夕日 2012.02.20 (No.23)
     
     今年1月に公開された「ALWAYS三丁目の夕日 ’64」は、第1作目の「ALWAYS三丁目の夕日」、2作目の「ALWAYS 続・三丁目の夕日」に続く3作目で、幅広い世代の多くの方々が観賞されているようです。かく言う私もこのシリーズのファンの一人で、第1、2作は勿論、つい先日3作目を観てきました。最近の映画館は綺麗で広く、音響装置などの設備も整っていて快適です。そして何より料金にいろいろな割引優待があるので助かります。
 さて、それら3作の映画では、東京タワーを象徴として某町3丁目で暮らす人々が織りなす人間模様や出来事など、いつの時代でも、どこの家庭にも当てはまりそうなことが、笑いと涙の中で淡々と描かれています。東京タワーは昭和33年、西暦1958年に一般公開され、以後、都内観光のメッカとしてだけでなく、映画やテレビドラマなどのワンシーンなどに度々登場します。一方、東京スカイツリーは2012年5月にオープンの予定だそうです。東京近郊のいくつかの路線の車窓からは、僅かな時間ですが二つの威風堂々たる雄姿を望むことができます。第1作目か2作目か忘れてしまいましたが、登場人物には将来の日本を、「あのタワーに負けないくらいでっかいビルがそのうち一杯できるんだ」と語らせました。今から50年後、もしスカイツリーを象徴にALWAYSシリーズのような映画が制作されたなら、登場人物はどんな台詞で将来の日本を語ることになるのでしょうか?そして、私たちと同じ年代になった今の子供たちがその映画を観ながら50年前の自分にどのような思いを馳せるのでしょうか?東京タワーは戦後復興のシンボル的存在だと言います。当時の状況とは全く違いますが、大震災からの復旧・復興も含め、あちこちの三丁目に沈む夕日を、夢や希望をもって眺める人達の姿が50年後の映画のラストシーンを飾れるようにと、この映画を見終えふと感じた次第です。実証試験場長中村幸雄



3.11 そのときの中央研 2012.01.20 (No.22)
     
     中央研究所はすぐ目の前が太平洋なので3.11の東日本大震災後、各方面からお見舞いやら安否確認の電話を頂戴した。実のところ研究所には被害がなく、ご心配下さった方々に厚く御礼申し上げるとともに、この機会に当日の様子をご報告させていただきます。
 3月11日(金)午後2時46分頃、地震発生、構内放送にて本館玄関前に避難。地面が大きく揺れたが少し納まったので直ちに総務事務室に戻りテレビをつけ、余震が怖いので窓の外から見ていた。大津波警報が発令されたので、両親が近くの海岸に住んでいる職員や、来客、管理会社の地元職員など希望者は帰宅させ、原則、職員は待機するよう指示した。
 敷地は一番低いところで海抜8mある。道路(海抜12m)より下には行かないように、私は海の見えるベンチに座り下に行こうとする輩を追い返す役回りをやった(実は、私も半信半疑だったが)。目視にて3m程度引いた後、2m高の第1波を確認できた。直ちに本館3階食堂へ避難指示した。16時頃全員に帰宅を促し、私は総務GMと一緒に食堂に泊まりこみ待機することにした。管理人1名で対応できない不測の事態に備えた処置で、21日まで管理職は交代で宿直を続けた。余震が続く中での宿直は結構くたびれた。着替えを取りに戻った自宅は停電で寒かった。いくらか物が倒れていた。
 翌3月12日は土曜日。実験の都合で出た研究員や飼育員者、管理人など7名が出勤、停電に備え非常用発電機燃料を30時間分確保したが、その後御宿町一帯は計画輪番停電もなく大変助かった。
 現在、放射能調査で多忙を極めているが、大地震被害を免れた幸せへのお返しと思いこれからも頑張って行きたい。無事であることが当たり前である日常が、こんなにもありがたく幸せであると考えさせられた2011年であった。被災された方々には惟信よりお見舞い申し上げるとともに一日も早い復旧、復興を祈念します。中央研究所所長原猛也